2024年06月25日
*場所: 福岡アガぺ長老教会
*說敎: ジャン サムエル 牧師
*本文: コリント人への手紙 第一1 章18-31節
18 十字架のことばは、滅びる者たちには愚かであっても、救われる私たちには神の力です。 19 「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、 悟りある者の悟りを消し去る」と書いてあるからです。20 知恵ある者はどこにいるのですか。学者はどこにいるのですか。この世の論客はどこにいるのですか。神は、この世の知恵を愚かなものにされたではありませんか。 21 神の知恵により、この世は自分の知恵によって神を知ることがありませんでした。それゆえ神は、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救うことにされたのです。 22 ユダヤ人はしるしを要求し、ギリシア人は知恵を追求します。 23 しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えます。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かなことですが、 24 ユダヤ人であってもギリシア人であっても、召された者たちにとっては、神の力、神の知恵であるキリストです。 25 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。 26 兄弟たち、自分たちの召しのことを考えてみなさい。人間的に見れば知者は多くはなく、力ある者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。 27 しかし神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、この世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるために、この世の弱い者を選ばれました。 28 有るものを無いものとするために、この世の取るに足りない者や見下されている者、すなわち無に等しい者を神は選ばれたのです。 29 肉なる者がだれも神の御前で誇ることがないようにするためです。 30 しかし、あなたがたは神によってキリスト・イエスのうちにあります。キリストは、私たちにとって神からの知恵、すなわち、義と聖と贖いになられました。 31 「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。